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側弯症財団の医療活動のビデオができました。

最近なかなかブログの更新ができていません。
今回3月にガーナの新病院で行った医療活動のリポートのビデオが出来上がってきましたので
リンクを張ります。
リポートは友人でエジプト人フェローのDr. Ali Maziadの作ったものです。
AliはエジプトからNew Yorkへinternational fellowとして渡米して研究を積んでいる友人です。
来年国に帰り、僕と同じように母国の脊柱変形で苦しむ患者さんのために働くといっていました。
彼の人生があ素晴らしいものになることを祈ると同時に、世界中に似た考えを持つ友人がいることを心強く思っています。
以下リンクです。

http://bit.ly/10t4R9w

側弯症の方の体のバランス

本日は学術的なお話です。
特発性側弯症は背骨の病気ですので、体の中心となる屋台骨が曲がることで、背骨だけでなく、腰のバランスや方のバランスなど様々な部分に影響が出ます。本日はその中でも特に整容上患者さんがとても気になさる、肩の高さの違いについて、書いてみたいと思います。
そもそも、どうして左右の肩の高さが側弯症になると違ってしまうのでしょう。側弯症の曲がり方は同じでも、ある患者さんは左肩が上がっており、またある患者さんは完全に左右がバランスされています。
これに関して最近僕自身が調査を行い、新しいことがわかったので、少し書いてみます。
先ほど書いた同じ側弯症のカーブの大きさやタイプでも患者さんそれぞれによって、
手術の前や後に肩の高さの左右差が違うことに注目して、側弯症の患者さんの肩のバランスには、側弯症のカーブの大きさ以外に、あるいは背骨以外の要素が関与しているのではないかと、仮説を立て検証しました。
私の仮説は、長い年月、曲がった背骨に体がバランスを合わせようとして、無意識に肩やウエストのバランスをとっているために、これらの部分に関節の硬さ等が生じて、術後背骨が完全にまっすぐになってもなお、肩関節などの硬さのために左右の肩の高さにアンバランスが出るのではないかというものです。
そこで独自に肩の関節と胸郭の位置関係の左右差をレントゲンから簡便に測定し、この左右差をいろいろな患者さんで比較してみますと、同じカーブでも胸郭に対する左右の肩の高さにはかなり違いがあるということがわかり、また術前に、左右の肩関節が胸郭に対してアンバランスになっていると、術後もこのアンバランスが残り、全体としてみたときにも、肩のアンバランスが出やすいということがわかりました。
つまり、側弯症の手術後肩のバランスは良い場合がほとんどですが、なかには脊椎をまっすぐにするだけではこの肩のアンバランスは改善しない場合あるということです。
この改善のためには肩の可動域訓練などが有効である可能性はありますが、データはありません。
もう少し調べてみると、側弯症のない健康な方の約25%に左右の肩のバランスが1センチ以上違う方がおられるようですので、術前の胸郭に対する左右の肩関節の高さの違いはひょっとすると側弯症とは無関係なのかもしれませんね。
詳しくは以下の論文をご参照ください。

Spine (Phila Pa 1976). 2013 Mar 1. [Epub ahead of print]
Clavicle Chest Cage Angle Difference (CCAD): A Novel Predictor of Postoperative Shoulder Imbalance in Patient With Adolescent Idiopathic Scoliosis.
Yagi M, Takemitsu M, Machida M.
Department of Orthopedic Surgery, National Center for Musculoskeletal Disorders Murayama Medical Center.

サーバントリーダーシップ

久しぶりの投稿ですが、サーバントリーダーシップについて。私は外科医ですが、院内でも、財団でも、他の施設とも、チームとしてさまざまな活動を行っています。病院での手術もまた、チームとして行います。私がこれらの活動で心がけているのは、どのような場面においても自分がその活動をより良いものにするために、チームの人の話をよく聞き、その活動のもっとも困難な部分を自分で行うということです。地味で、時間がかかり困難な部分を行うことは辛いことですが、進んでこれを行うことで、チームの信頼、活動の前進、自身の経験などを獲得することができます。また、本気で活動のこと、チームのこと、メンバーのことを考えれば自然にこのようなアプローチになるような気がします。この考え方をサーバントリーダーシップというようです。数年前、知人にこの話をしたら、このような、一般的にピラミッドの一番上で、多くの人に支えてもらうというリーダーのイメージに対して、逆三角形の一番下で、全員を支える考え方はサーバントリーダーシップといって日本では、資生堂の相談役の池田守男氏が有名だということを知りました。同時に自身のアプローチが間違いではないと勇気付けられました。これからも体力と知力、心のつづく限り、このようなやり方を行って行こうと考えています。見返りは期待しないでおこうと思っています。親の愛は見返りを求めないといいますよね。すべてのチームとメンバーの親になったつもりで、頑張ります。

松井秀喜選手引退に寄せて。

今日元ヤンキースの松井選手が引退を発表しました。年の瀬に大きなニュースです。覚悟はしていましたが、ひょっとして来年もとどこかで願っていたので、とうとうこの時が来たかという思いです。松井選手は素晴らしい選手であるだけでなく、メディアから受ける印象は一人の人間として大変素晴らしく、その人柄は同じ年でありながら、こんなに立派な人がいるのだなと、つねづね尊敬の念を抱いていました。
私は松井選手と同じ年齢で、結婚した年も同じです。また、ニューヨークで働いていた時に松井選手もヤンキースの一員として活躍され、特に2009年にはプレーオフでMVPを受賞する活躍をされました。当時私はニューヨークで困難な時を過ごしており、松井選手の活躍は日本人として、一人のファンとして大変励みになり、また自分が松井選手と同じ日本人であるということを誇りに感じていました。38歳という年齢からくる故障、体力の衰えで思うような活躍ができないということが引退の理由ということでした。もっともな理由だと思います。本人がだれよりもそのことを感じていたのでしょう。
私の仕事は外科医です。華やかなプロスポーツ選手とは違いますが、多くのデスクワークを中心とした仕事と少し違い、手術室で高いパフォーマンスをすることが最も求められる要素の一つであるという点においては、少しだけスポーツ選手に近い要素があります。
私の世界には明確な引退というものは定年までありませんが、当然、体力や技術のピークというのはやってきて、それを過ぎる時が来るはずです。
松井選手は38歳で引退しました。私も同じ年齢です。昨年くらいから自分の手術能力がピークに達しているという感覚があります。これからはゆっくり体力や反射神経、正確性、集中力などが落ちていくはずです。幸い野球やサッカーとは少し違って、経験を積み重ねることで加齢によるこれらの身体的な要素の低下を補える部分も大きいと思っています。
しかし、松井選手が以前に話していたように
心技体のうち一つでも欠けたら自分を出せない。その時はやめるしかない
という大原則にかわりはありません。
すこしでも長く、一人でも多くの子どもたちを助けられるよう、来年はより一層健康管理に気をつけようと思います。
松井秀喜選手20年間本当にご苦労様でした。

ガーナで側弯症の手術をしてきました。

久しぶりにガーナに戻って脊椎の変形の手術をしてきました。
今回も日本では見ないような激しく背中が変形して、
ほうっておいたら長く生きられない子供の手術ばかりです。
さすがにここまでひどいのはガーナでしかやっていないので、
普段はやらない手術技術を使わなければならないし、難易度の高さが非常に高いので、とても大変です。それを英語の環境の中で、はじめて会ったどのくらい技量があるかわからない人などと手術をするわけですから、これは自分にとっては極限の環境です。
普段日本にいますと、当然ホームグランドですし、阿吽の呼吸があったり、
術者のときは助手も含めて、いろいろなことをコントロールできるのですが、
環境が違うと遠慮してしまったり、いろいろなことが原因で必ずしも力が出しきれない場合があります。今回は朝から大きな手術をやって夕方と終わったら現地の研修医たちに難易度のそんなに高くない脊椎の手術を教えながらやるというスケジュールでした。
難易度のとても高い手術を遂行する上で今回自分がまだ十分でないと思った点は、術中の判断と、対応力です。きっとどこかで遠慮があるのでしょう。
ちょっと環境が変わっただけで、足が地についてないような、他人にふんどしで相撲を取るといいまか、そのような感覚があるのです。
これまでは助手の方が多かったので、あまり気にならなかったのですが、術者をたくさんやるとなると、自分でより的確に判断し、その判断を信頼して周囲に伝え、行わなければならないというあたり前のことが極限の環境では充分でないということがよくわかりました。
また、インストラクターとしてはこれもまた、穴時ことでした。遠慮をしていてはいけない。自分が責任者ですから、その判断を正確に伝えて、すべてのステップを安全に的確に行えるよう指導しなくてはいけないということです。日本ではほぼできているこれらのことが環境が変わるとできない場合があるということがよくわかりました。
来年までの課題として、とてもよいものが見つかったと思います。
もちろん手術技術そのものも、精神力もより磨きぬかなければならないと再認しました。
ありがたいのはこのような環境に身を置く機会を得られるということです。
このような経験をたくさん積むことが、いろいろな意味で、世界で通用する人材を育成する上でどの分野でも重要であるということは言うまでもありません。
私個人の目標は脊柱変形という分野の患者さんをいつどこでもだれとでも最高の結果を得られるようにするということです。
そうでなければ外に出て、このような病気で命を落とす子どもたちを本当に意味で自分で助けることはできないと思います。写真 (6).JPG写真 (5).JPG

側弯症のアスリート ステイシールイス選手優勝!

先週末に行われた女子プロゴルフミズノクラシックで側弯症のアスリート ステイシールイス選手が優勝しました。彼女は特発性側弯症で18歳のときに私のボスDr. Boachieが手術を行っています。
ルイス選手は現在世界ランキング2位と世界のトップ選手です。以前に陸上100m性愛記録保持者のウサインボルト選手が側弯症であることを紹介しましたが、ボルト選手は手術は行っていませんでした。側弯症で手術している方もしていない方も世界のトップ選手として活躍していることは側弯症でお悩みのみなさんの励ましにきっとなると思いご紹介しました。
以下はステイシールシス選手を紹介したページです。日本語で書かれているのでわかりやすいかと思い、ご紹介しました。

http://sportsnews.blog.ocn.ne.jp/column/others110519_1_1.html

http://number.bunshun.jp/articles/-/291575

ガーナの新病院と財団のビデオができました。

ガーナで行っている脊柱変形の手術のボランティア活動と病院の建設のビデオができました。
僕は参加してまだ4年くらいですが、設立と当初から多雨触ってきた人にとっては長い道のりだったのでしょうね。新病院がうまく機能していくことを願っています。とりあえず、今月末に現地で手術をしてきます。およそ25件くらいの予定です。以下リンクを張ります。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=T5gUhm-WmFo

11月もガーナです。

11月最終週もガーナに行くことになりました。
今回はボスの建設した新病院ではじめての手術です。
これまではガーナの大学病院を借りて(手術室を貸し切って!)手術をしていたのですが、
足元を見られているのか、賃貸料?が非常に高く、財団の運営を圧迫していました。
そこで数年前から新病院の建設に着手し、この夏ついに完成したということになりました。
建設に際しては
ボスの個人資産と患者さんやガーナ、アメリカ政府や企業からの寄付でまかないました。
アメリカ国内はおりからの不景気のため、充分な建設費が捻出できず、病院の材料や、手術機器などを中国の会社に委託したり、すこしでも安く安全なものを手に入れ、良いスタッフを雇い、世界最高水準の手術を行う環境を整えるという非常に高いハードルを世界一の病院で平常通りの仕事をこなしながら、見事にクリアしてついに開院にこぎつけたボスの情熱と努力にはただただ頭が下がるばかりです。私などは人間としても外科医としても、医師としても一生足元にも及びませんが、一歩でも近づけるよう、努力していきたいと思っています。
とりあえずは同じ時間を手術室や外来でできるだけ過ごして、まねするところから始めたいと思います。

アメリカ側弯症学会に参加して。

先日シカゴでアメリカ側弯症学会に参加してきました。
今回初めて先方から招待されて側弯症の手術後の合併症について招待講演というのを行ってきました。当日は半日ずっと合併症という議題について話し合うセッションでした。
世界中からの参加者と集中的にこと問題について話し合えたので大変参考になるものでした。
同時に、これまで継続的に参加し続けたことによって、この業界の第一人者たちからたくさん声をかけていただくになり、なかにはリクルートの話などもあり、ようやくいろいろな意味でこの分野のメンバーの仲間になれたのだなと実感しました。
最近はサッカー選手や野球選手、ゴルフ選手などのおおくの選手が海外に渡ります。
かれらの自分の技術だけで世界中どこでもやっていくという姿勢は大変すばらしいことだと感じ入ります。
アメリカやヨーロッパではより高いレベルの競争があり、そこに参加して自分を試したいというのが多くの先週の動機のようです。
私の業界では、少し違って、アメリカでもヨーロッパでも私がやる手術内容は同じですし、誰かと競うということもありません。
もちろんサッカー選手がレギュラーになるために競争しないといけないように、我々の業界でもその手術をおこなうためにはある程度の競争があります。
ですから、アメリカの何ヵ所かの施設からリクルートの声がかかっていますが、スポーツ選手が海外に移籍したいというのと同じ動機というのは私にはないので、いまは移籍する予定はありません。
実際に移籍するとなるとスポーツ選手と違い、いろいろ法律上の問題もあり、ちょっと面倒です。
ところで、スポーツ選手がレギュラーポジションの獲得したいと思うと、自分が出場する時に良いプレー、献身的なプレーを見せて監督に認められるというのが、筋だと思いますが、私どもの業界でも本来全く同じはずです。
ですが、ときには監督がいなかったり、監督に権限がなかったり、スポンサーに働きかけたり、本筋とは全く異なった方法で、レギュラー獲得を計画する方もいます。
私が側弯症の方の治療を行う動機は、この子たちをなんとかして助けたいからです。本筋とかけ離れた計画を行う方の考え方は多くの場合私には理解ができません。世の中とはいろいろな考え方のひとびとで成り立っているのだなと実感するこの頃です。

祝!金メダル! 側弯症のスーパーアスリート ウサイン・ボルト

金メダルですね。
自己の世界記録にはおしくも届きませんでしたが、4年前とは違い、必死の形相で走る姿に、オリンピック2連覇を成し遂げる大変さと、達成への執念を強く感じました。
側弯症を公言し、活躍してくれると、患者さんたちもきっと励みになるだろうと思います。
番組製作を通してボルト選手のことを知ったわけですが、このように病気と前向きに付き合う姿には感銘を受けます。
スポーツというのは割と短期間で終わり、結果も1位、2位といった具合にわかりやすいですが、
我々の住む人生という世界はこれとはちょっと違い、何十年という長丁場です。
それから、誰かと競って、1位、2位と順位をつけるものでもありません。
ですが、時には歯を食いしばって前進することや、勇気を出して新しい物事に挑戦することが必要になります。
その過程や決断、努力は自分自身が一番よく知っているはずです。
ですから、自分の人生を振り返った時に、結果ではなく、その過程や決断、努力、誠実さに自分自身に金メダルを与えられるような人生を過ごすために努力することは大事なことだろうと思います。皆さんの人生に金メダルを与えられるのはほかならぬみなさん自身だけですから。
私自身も、日本を含めて世界中の側弯症で苦しむ人々を少しでも多く助ける、その手助けになるという人生の目標のために、一所懸命(一つのことに命をかける:造語です。一生懸命とは違います)に努力したいと決意も新たにしました。

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